現在わが国では約600万人の糖尿病患者がいると考えられ、特に40歳以上の国民ではその10人に一人が糖尿病であるといわれています。このように国民病化してしまった糖尿病は失明や尿毒症の原因となるばかりでなく、脳梗塞や心筋梗塞を引き起こす原因になります。この糖尿病について勉強しましょう。
近年のわが国での糖尿病患者さんの急増はマスコミにもよく取り上げられているが、昨年の厚生労働省の調査では、糖尿病が強く疑われる人と糖尿病の可能性を否定できない人とあわせると、推計で約1,620万人いる、とされている。この30年間で20-30倍に急増してきたことになる。40歳以上の約10人に1人は糖尿病、ということになる。お金の問題で考えて(嫌なことだが)、経済学的な観点だけに立ってみても、たとえば血液透析を受けている腎不全の患者さんのうち原因疾患として糖尿病が一位になっているし、このペースで糖尿病の患者数が増加していくと、糖尿病の患者さんの合併症(腎臓だけでなく、網膜症や心臓疾患、脳卒中などまで含めると)に要する費用だけで考えても医療費がどんどん膨張していってしまう。そんなことになるとただでさえ健康保険が破綻しそうだといっているのにますます大変なことになるということになり、2000年に“健康日本21”という10ヵ年計画をたてて、がん、心臓疾患、脳血管疾患、歯周病などとならんで糖尿病にも国をあげて取り組んでいこうということになったわけである。
糖尿病とは、人間が生きていくための重要なエネルギー源となるブドウ糖が細胞内へうまく取り込めず、血液中のブドウ糖(血糖)の量が慢性的に高くなる病気である。ブドウ糖を細胞に取り込む調節をする“インスリン”というホルモンの働きが悪かったり、分泌量が足りないことが原因となって起こる。
“糖毒性”といって、高血糖自体によってインスリンの効きが悪くなる“インスリン抵抗性”やインスリンの膵臓からの出が悪くなる“インスリン分泌不全”が助長され悪循環が形成される。この悪循環が持続すると、いわゆる膵臓が疲労してしまった、という状態になり、例えば、それまで糖尿病の飲み薬が効いていたのに効かなくなってしまう、という現象が起こってくる。そうなると、できるだけ早くインスリンの注射に切り替えて膵臓の疲れを取ってあげればまた飲み薬に戻すことも可能だが、高血糖の期間が長ければ長いほど膵臓が疲れきってしまって元には戻らなくなってしまう。そうなると、一生インスリンの注射を続けなくてはならなくなる。
高血糖自体は、急激に上昇するのでない限りよく言われるような口渇・多尿・多飲などの症状は出ないので、どうしても放置してしまいがちである。ところが、後に控えているのが様々な合併症であり、これを防ぐために血糖をコントロールしなくてはならないのである。
単に血糖値が高いというだけなら多少脱水気味になる位で、目くじらを立てて血糖コントロールなどしなくても良いのかもしれない。食後の血糖を160未満に、HbA1cを6.5%未満に、とか口やかましく言うのは、合併症を防ぐ、あるいはすでに合併症のある人はそれ以上悪化させない、場合によっては良くする、ということが目的である。そして、これらの数値は大規模な臨床研究から出てきた数値でかなり信頼に足るものである。
そこで糖尿病の合併症の話になるが、どうしてもこの話になると患者さんをおどすような感じがして嫌なのだが、事実なので避けては通れないのである。
まず、糖尿病に特有な合併症は三大合併症とも言われ、細い血管が侵されるので細小血管合併症ともいう。
次に、大血管合併症として、動脈硬化が糖尿病のない場合に比べて進みやすくなる。ということは、脳梗塞や心筋梗塞を起こしやすいということになり、実際、高血圧や高コレステロール血症を治療する場合、糖尿病のある患者さんには治療目標の数値がより厳しく設定されている。また、足の動脈硬化は、神経障害とも組み合わさって、足先のほうから血管がつまり、痛みとともに壊死(組織が死んでしまうこと)を起こし、壊疽という状態になってしまう。こうなってしまうと、最悪の場合切断しなくてはならなくなる。
ここまでは慢性の合併症の話で、急性の合併症としては糖尿病性昏睡がある。肺炎や腎盂腎炎などの炎症性疾患で発熱すると、血糖は上昇する。そのような発熱や様々なストレス、暴飲暴食、インスリン注射の中断などを契機に、血糖値が著しく高くなり(1,000mg/dl以上のこともある。)、血中のケトン体も増えて、脱水も加わって意識がもうろうとなり、やがて昏睡に陥ってしまう。さらに血液が、アシドーシスという酸性に傾いた状態になってしまい、早く適切な治療を始めないと命にかかわることになる。
そんなこと自分には起こらない、と考える人も多いだろうが、実際われわれは臨床の場でこのような例を数多くみてきているので、残念ながら事実である。血糖が少しくらい高くても、症状がないのでついほったらかしにしてしまうと、知らない間に合併症が進み、ある日とんでもない症状が出現するというように、なめてかかると恐ろしい病気であることは間違いない。ただ、きちんとコントロールしていけば普通の生活ができるし、平均寿命を全うすることもできるわけで、ここが大きな分かれ目となるのである。
我々医療者は、これに対してあくまでも介助できるだけで、患者さんの意識が変わることが治療の大前提となる。よく言われるように、糖尿病の患者さんの主治医は患者さん自身である、ということである。
ヒトの体内では、種々のホルモンが種々の内分泌臓器から分泌され、それぞれ標的臓器に働いて様々な作用を生み出しています。そんな中で、血糖を恒常的に一定に保つということに限ってみると、血糖を上昇させるホルモンは、グルカゴン(膵臓から分泌)・アドレナリン(副腎から分泌)をはじめとして多数あります。ところが、血糖を低下させるホルモンとしては、インスリンしかないのです。何故かというと、ヒトに限ってみても、ヒトが地球上に誕生してからの気の遠くなるような長い時間のほとんどの期間、ヒトはその一生を飢餓と逃避につきまとわれてきました。自動車や飛行機をはじめとする石油・石炭で動く便利な乗り物を使ったり、日々の食物に苦労しないばかりか、むしろ食べ過ぎが問題になるような現代の生活は、ヒトの長い歴史からみればほんの最近のごくごく短期間のことでしかないわけです。ホルモンはそのような元来のヒトの生活に適した働きのまま個体を維持させる方向にしか働けないのです。外部環境の変化に対するヒトの行動は、“攻撃と防御”(fight and flight)が基本であり、他の動物からの攻撃に対する敵対行動や逃避であったり、飢餓状態にあるときの防御行動、寒冷に対する防御行動等です。そんな時、筋肉や脳にどんどんブドウ糖を補給してやらなくてはならず、血糖を上昇させるホルモンが活躍する場面が多かったことは容易に想像されます。ところが、現代のように筋肉もあまり使わず、長い時間寒冷にさらされることも無く、ありあまるほどの食物があるという状態になると、インスリンばかり活躍しなくてはならず、その結果インスリンを分泌している膵臓のβ細胞が疲れてしまって糖尿病を発症してしまうという事態になるわけです。このことは、自動車の普及率と糖尿病の発症率がきれいに正比例するというデータからも納得させられることです。
糖尿病の治療で、食事療法だけでは血糖コントロールのつかない場合、大体は飲み薬を使用することになる。僕が医者になったころ(20年ちょっと前)は、SU剤(スルフォニル尿素剤)とビグアナイド剤の2種類くらいしかなくて、しかもビグアナイド剤は当時、副作用の乳酸アシドーシスが問題にされてすたれていた。その結果、しばらくの間はSU剤の独壇場だったのだが、その後色々な作用の薬が登場し、いまは患者さんの状態に合わせた薬の選択ができるようになりつつあり、われわれも次々にでる新薬について勉強を怠らないようにしなくてはならない。 昔からSU剤が広く使われていたため、どうしても使い慣れたSU剤を使いがちになるのだが、特に、長年SU剤を使用していて途中から効かなくなってしまうことを以前より経口血糖降下剤の二次無効と呼んでいた。SU剤は、膵臓のベータ細胞に直接働きかけてインスリンの分泌を増やす薬なので、最初は血糖が良好に低下する。ところが、長い間服用していると、過剰に働かされたベータ細胞が疲れてしまってインスリンを分泌できなくなってしまうので、二次無効が起こってしまうのである。 それで、最近では、最初はできるだけベータ細胞を疲れさせないような薬で、食後の血糖を十分低下させる薬を選択するべきだ、という考え方から、
等の薬をまず使用するべきだ、という風に考え方が変わってきているようだ。
患者さんは指示を守ってくれる。ところが、食事・運動となると、今まで何十年も続けてきた生活習慣をがらりと変えなくてはならず、非常に抵抗の生じるところであるし、ある意味で、これは当然の反応である。いままで好きなものを好きなだけ食べていたのに、明日から一日何カロリーの食事に制限し、栄養素のバランスにも気をつけてといわれても、糖尿病の診断がついただけでもショックなのに、パニックに陥ってしまうかもしれない。まして、食欲は人間にとって三大欲求のひとつである。また、甘いものをたくさん食べたいとか、腹いっぱい食べたいというのはそのこと自体糖尿病のひとつの症状だ、とも言われているくらいなので、その意味でもこれは患者さんにとって大変だし困難なことである。しかし、食事療法は、食事量を最小限に抑えることにより、糖尿病で障害されている摂取エネルギーとインスリンの需給関係におけるインスリン必要量を節約するという意味で、やはり基本になることである。だから、時間をかけても何とか患者さんが理解し、意識が変わるように、栄養士さんの援助を受けながら繰り返し指導するのである。
基本的な考え方は以下のようなものである。
食事療法で指示されるエネルギー摂取量の算出は、以下の式で求める。
エネルギー摂取量=標準体重×身体活動量
このようにして決めたエネルギー摂取量内で、炭水化物、たんぱく質、脂質のバランスをとり、適量のビタミン・ミネラルも摂取するようにし、いずれの栄養素も過不足無い状態にするので、糖尿病食は誰にとっても(糖尿病の無い人でも)健康食なのである。
実際の栄養指導では、食品交換表というものを用いる。これは、主に含まれている栄養素によって食品を4群6表に分類し、食品のエネルギー量80kcalを一単位と定め、同一表内の食品を同一単位で交換できるようにつくられている。これに従って栄養士さんが丁寧に説明してくれるし、実際にとったメニューのチェックもしてくれる。
また、高脂血症(コレステロールや中性脂肪の高い状態)や高血圧症の合併、糖尿病性腎症の進行の度合いなどによっては、それに加えて高コレステロール食や食塩・たんぱく質の制限が加えられる。
最初のほうにも書いたとおり、血糖コントロールがうまくいくかどうかについては何よりも患者さんの意識が変わることが大前提になる。一生付き合っていかなくてはならない病気なので、時間がかかってもなんとか患者さんが生活習慣を変えられるように応援したい気持ちで一杯である。
1) メタボリックシンドロームとは何か?
直訳すれば"代謝症候群"という病態です。
昨年の4月に、日本内科学会、日本糖尿病学会、日本動脈硬化学会、日本循環器学会、日本肥満学会、日本腎臓学会、日本高血圧学会、日本血栓止血学会等が合同で診断基準検討委員会をつくりそこから出された疾患概念です。
海外では、アメリカのNational Cholesterol Education Program(NCEP)の基準、World Health Organization(WHO)の基準が以前からありましたが、今回日本人のための基準として考えられたものです。
基本に内臓脂肪(腹腔内脂肪)蓄積があって、それにトリグリセライド(中性脂肪)の高値やHDL-コレステロール(善玉コレステロール)の低値・高血圧・空腹時の高血糖などがあると、動脈硬化が進展しやすくなるということです。特に、心筋梗塞などの心血管疾患による死亡がメタボリックシンドロームの無い場合に比べて2倍くらい多いというようなデータから、そうした心血管疾患を防ぐことが目的になっています。
2) 診断基準
どれも健康診断や人間ドック等ででてくる項目です。当てはまる方は早めに医療機関を受診し、まずは食事や運動などの生活習慣を改善させるようにし、それでもだめなら薬物治療を受けられることをお勧めします。